時空モノガタリ-感想録

2000字小説投稿コンテストサイトの「時空モノガタリ」でコメントした内容を記録しています。

いまのひとこと 読まねば

第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】

1 題名 

いつか咲ける日

2 作者 宮下 倖さん
3 投稿 19/02/09
4 書出 『昇降口の奥の角を折れると、渡り廊下から吹きこんでくる風はもうだいぶ秋の冷たさを含んでいた。』

 

名ばかりだった「進路」を、自分のものとして捉え始めた主人公の心の動揺が丁寧に描かれた作品だと感じました。誰かの評価で一歩踏み出せそうな気持ちになるところも、お話の続きが想像できて興味深かったです。

 

本作は、進路相談に向かう高校二年生の悩める主人公が、担当教員に部誌に掲載した小説を褒められて、思わず身を乗り出すお話です。

 

やはり、作品を褒められると嬉しいものですよ……わたしもそう思います。

 

一番気になったのは、主人公はまずどうするんだろう? てことです。

 

主人公は幼い頃から「将来の夢は先生になること」と明言しています。

ところが高校生になって『両親ともに教師』という環境が、自分の目標を決定してしまっているのではないだろうか? 自分は本当に教員になりたいのか? 周囲の期待に応えたいだけなんじゃないのか? もっとやりたいことがあるんじゃないのか? というまっとうな疑問に直面します。

 

そんな中、文芸部に所属して物語を書いているうちに『自分の心が本当に求めている夢なんじゃないかと気づく』ようになります。ただ、『私が、作家になりたいと言い出したなら』、『親の期待だったり、周囲の理想だったり、自分の平和な生活』は壊れてしまうと苦悶します。

 

そうして進路相談に向かう道のり、中庭で目にしたホウセンカのように、重苦しくパンパンに膨れ上がった不安でしたが、冒頭で教員に作品を褒められたことで、『今まで押し込めていたものが弾け』ます。

 

『私の夢が同じようにいつかどこかで花開くかなんてわからない。でも種も蒔かずに後悔はしたくない』という強い思いで、主人公は『「先生、わたし……!」』と身を乗り出したところでお話は終わります。

 

主人公はこの後どうするんでしょう? 先生に「わたし、教員を目指すのやめます!」と伝えるんでしょうか。あるいは「わたし、作家になります!」でしょうか。どちらにしても、先生は特にアドバイスできないですよね。進路指導なのに。先生かわいそう。

 

むしろ進路指導で「作家になりたいです」て言われた場合、先生方はどういったアドバイスができるんでしょう? 作家は不安定な職種だよ、とか無粋な説得は別にして。「職業作家を目指すなら、まずはこれこれこういうことをするんだよ」という定型文があるんでしょうか。

 

ここで主人公が「新人賞応募と受賞後の出版に耐えられるように作品を書き溜めたいので、通学する時間も勿体無いんです……わたし、学校やめます!」くらいのことを言い出したら、「……退学届の前にまず三者面談があるから、親御さんに日程、聞いといてくれ」って感じですかね。先生、クールですね。

 

 

蛇足ですが、中高生が感性に導かれて創作活動に没頭した結果、スタジオジブリで映画にもなった『耳をすませば』(原作:柊あおい,監督:近藤喜文,1995.)のように主人公が「書きたいだけじゃ、ダメなんだってこと。もっと勉強しなきゃダメだって」という結論に至るばかりが現実じゃないんだとは思っています。そのまま突っ走る人もいるでしょうしね。

 

さらに蛇足ですが、ホウセンカ花言葉は「わたしに触れないで」や「短気」なので、主人公がこれから歩む道のりの厳しさを感じさせるアイテムですね……