時空モノガタリ-感想録

2000字小説投稿コンテストサイトの「時空モノガタリ」でコメントした内容を記録しています。

いまのひとこと 読まねば

第171回 時空モノガタリ文学賞 【 音 】

1 題名

バトルロワイアル

2 作者 風宮 雅俊さん
3 投稿 19/07/22
4 書出 『夜八時、開始の花火が上がった。』

 

花火で始まり花火で終わるイベントというところに季節感と夜ならではの効果を感じました。

 

あらすじ

『年に一度の夜戦イベント』に参加する主人公。次々と参加者が脱落する理由を考察しつつ、『背後にいるスマホ野郎に撃ち込む』ことでイベントを終了させる。『「お前の足音は聞こえなかったぞ」』と口を尖らせる参加者に『俺は、地下足袋だからな』と告げて話が終わる。

 

感  想

 

 選ばれし野郎共。

 

 サバイバルゲームのお話なのかと思います。

 明言されていないのでわかりません。

 

 ストーリーとしては、冒頭から語り部が「俺には全部わかってるぜ」という感じで話が進み、最終的に語り部が勝利します。別にどんでん返しもないですし、息つく暇もないアクションが繰り広げられるわけでもありません。

 

 そう考えると個人的には、本作の目玉は数々の呼び名だと思っています。

 それらは大別すると『奴』か『野郎』に分類されます。

 

【奴】

 ・不用意に動く奴

 ・『夜戦』の意味を考えずにプレーする奴

 ・暗視スコープを持った奴

 ・金の力に勝てない奴

 ・隠れて勝ちを狙う奴(←作中には登場しない)

 ・迂闊にもサーチライトに照らし出される奴

 ・ワザと足音を立てて歩いて行く奴

 

【野郎】

 ・暗視スコープ野郎

 ・ニヤケスコープ野郎

 ・スコープ野郎

 ・連射野郎

 ・スマホ野郎

 

 もう、おわかりですね?

 

 『暗視スコープ野郎』の優遇されっぷりが(ぇ

 

 (ちなみに、『暗視スコープを持った奴』、『暗視スコープ野郎』、『ニヤケスコープ野郎』、『スコープ野郎』は同一人物だと思われます)

 

 ……何と言いますか、姓名を与えないキャラクターを登場させる時は、名前が無いからこそもう少し造形に愛情を感じさせてほしいところです。

 

 

『「馬鹿め !」と、思わずつぶやいてしまう連射野郎の目の前から撃ち込む。と、そのまま背後にいるスマホ野郎に撃ち込む。』

 

 ちなみに上記の決着のシーンは画像としてイメージできませんでした。

 『連射野郎』さんとスマホ野郎』さんの間に割り込んだ、てことでしょうか? 場景描写にもっと力を入れていただきたかった、というのが読者としての感想です。全体的に謎描写が多かった気もしますが。

 

『? 音が途切れた !  俺の背後か! あの場所に木はない。』

『? 風音に紛れて足音も聞こえていた。』

 

上記の二文は疑問符・感嘆符の使用意図が正直よくわかりません。

 

第171回 時空モノガタリ文学賞 【 音 】

1 題名

Melody Drug

2 作者 浅月庵さん
3 投稿 19/07/22
4 書出 『「お前も音楽作る人間なんだからさ、一度くらい行ってみても良いんじゃないか?」』

 

完全オーダーメイドの自分のためだけの音楽、というものは本当に魅力的ですね。さらにそれが更新されていくものだとしたら……主人公のなかで芽生えた気持ちこそがあるいは新しいドラッグの制作に繋がっていくのかもしれないと思えました。

 

あらすじ

 作曲家である主人公が友人に誘われてクラブへ行く。美人に誘われる。美人は『聞くだけで人の気分を快楽の絶頂まで押し上げる』と評される『【Melody Drug】』なる音楽に酔いしれている。音楽に夢中で自分を見てくれない美人に主人公は愛想を尽かすものの、『大勢の人間に楽しんでもらえる音楽よりも、たった一人の心を掴んで離さない音楽の方が、高尚に思えて仕方なかった』とたそがれる。

 

感  想

 

 誰がために、の毒薬。

 

 創作が不特定多数の誰かのために行われるのか、あるいは明確な一個人のために行われるのか……

 世界史なのか政経なのか知りませんが、ジェレミ・ベンサムの『最大多数の最大幸福』的な思考問題を創作に当てはめた時に、どのように作り手は考えるのか。いわゆるセカイ系でもちょくちょく扱われるこの問題に創作者はどのように向き合うのか。これは読者が見てみたい、ある意味での「対決」の瞬間です。それほど古くから議論されてきたテーマのひとつといえるでしょう。

 

 ただ、今作はそういった苦悩がほぼ感じられません。

 

 失礼を承知で申し上げましょう。

 薄っぺらくないですか。

 主人公の思考の何もかもが稚拙というか。

 これで『四十近いおっさん』『腐っても作曲家』なんでしょうか?

 

 友人にクラブに誘われる。

 美人にかどわかされる。

 しかもその美人は自分の生業である音楽を薬物のように楽しんでいる。

 そんな美人と快楽に溺れる。

 作曲ができなくなる。

 美人は自分がいてもいなくても変わらないと察する。

 自分はオンリーワンじゃないんだな、と落ち込む。

 「世間ウケする作曲を頑張りなよ」と美人に見送られる。

 でも世間ウケより、誰か一人のための音楽のほうが高尚じゃないか? という考えが頭から離れない。

 

 高校生が年上のお姉さんの色香に惑わされたならともかく、これが職業人の思考かと思うと何だかもう……

 

 ストーリー自体はそんなわけで、個人的には受け入れがたかったです。

 表現としては『その刹那、何者かに声をかけられたのだ』『俺は胸がざわついた』『都市伝説だと思っていた』などは前後の文脈が破綻しているような気がします。別作品で使いやすく感じた表現を持ってきてコピペした感じでしょうか。

 

 最後も少し疑問です。

 

『 別れ際にレイカが言った。

「あなたは大衆を喜ばせる音楽を、これからも作り続けてね。私にはこれがあれば充分だから」

 俺はこの先ずっと、彼女のことを忘れられないだろう。大勢の人間に楽しんでもらえる音楽よりも、たった一人の心を掴んで離さない音楽の方が、高尚に思えて仕方なかったからだ。

 ーー俺にとっての“薬”はきみだったんだ。
 そんな馬鹿げた言葉を飲み込んで、俺は生きていかなければならない。』

 

 俺にとっての薬はきみだった……

 

 どういう意味ですか?

 

 ここで、薬、というと作品の主軸になる『【Melody Drug】』のことなんでしょうけれど、主人公にとっての薬とは? これって、美人が言った『私にはこれがあれば充分だから』に対応しているんでしょうか。主人公にとっては、美人があれば十分だった、ていうことですかね。

 

 でも正直、二人の関係性ってただれた肉体関係だけであって、何も結びつきを感じられないんですけど、主人公は何をこんなに感傷的に語っているんでしょうか。

 

 そんな風に考えると、下半身の話をエピローグに持ってくる辺りが予想外な作品ではありました。

 

 

(蛇足) 

 個人的には今作の内容を3行くらいにまとめて別作品にできるんじゃないかと思いました。

 

 例えば、今作の主人公がMDの製作者という設定とか。

 

 主人公は都市伝説MDのなかでも伝説的な「完璧なオーダーメイドをこなす職人」。どこの誰にでも浮世を忘れさせる楽曲を提供してみせるという自負もある。

 

 そんなある日、一人の男子高校生に襲われる。

 

 事情を聞くと、男子高校生の同級生女子がMDの中毒になっているという。諸悪の根源である主人公に憎悪を募らせる男子高校生。だが主人公は「俺の音楽程度のハマるやつがどうかしてんだよ」とあざ笑う。

 

 数日後に路上で歌う高校生男子を見かける主人公。

 どの通行人も振り返らないその姿に、かつての自分の姿を重ねて苛立つものの、高校生男子の周囲には日に日に足を止める人数が増えていく。

 

 すっかり知名度の上がった高校生男子の路上ライブで、主人公はかつて彼が言っていた同級生女子の姿を見つける。MDのヘッドホン姿の彼女を見た途端、かつて自分が出会ったある女性の姿が脳裏を過ぎる。

 

 ライブ中、ずっとヘッドホンを外さない同級生女子。最後の曲のサビ直前、男子高校生が叫ぶ。「俺は、ここにいる誰かのために歌ってんじゃない! お前のために歌ってんだ!」。同級生女子がゆっくりとヘッドホンを外す。

 

 主人公は自分が到達することができなかった光景を前にして涙する。

 

 

 そんなお話はいかがでしょうか?

第171回 時空モノガタリ文学賞 【 音 】

1 題名 

異音

2 作者 R・ヒラサワさん
3 投稿 19/07/22
4 書出 『「なんだか変だわ」』

 

無計画を装った計画的な行動……助けを求める相手に応えるでもなくひとりごちるミホさんの恐ろしさが際立っていました。

 

あらすじ

 結婚5年目。ドライブ中に『「なんだか変だわ」』、『「やっぱり音が変だわ」』と訴える気分屋の妻につられて車体の下を覗き込んだら、車が動き出して頭に乗っかっちゃった、というお話。ちなみに語り部は『偶然知り合った若い女性』と『上手くやっている』。

 

感  想

 

 なんだか変だわ。

 

 登場人物のセリフの引用じゃありません。わたしの感想です。

 何が変なんでしょう?

 読後に抱いた感想の理由を探してみたものの、はっきりとしたことはわかりません。

 

 少なくとも人称というか、視点が不思議ですよね。

 

 初めに読んだ時は『マコト』さんが寝入っている時だけ一人称になって、覚醒時は三人称になっているのかしら、と思ったのですけど、そういった表現をする理由がわからないんですよね。どういった効果があるんでしょうか? 書き手の皆様は意味のない表現をしないはずです。つまりこれには何らかの意味がある、と考えるのが普通でしょう。

 

 つまり『オフロードタイプの軽自動車』には3人乗ってるんじゃないか、と。

 

 となると、『ミホ』さんと『マコト』さんと『私』の3人が作中では登場していることになります。(この時点で、前述のあらすじは全く見当ハズレということになりますが……)

 3人の関係性は明示されていませんが、私とミホさんが夫婦であるのは間違いなさそうです。

 

 ではマコトさんとは誰なのか?

 

 マコトさんの登場シーンは冒頭とクライマックスです。

 冒頭では『マコトは声をかけたが、あまり心配していなかった』とあり、クライマックスでは『仕事疲れか、マコトはしばらく居眠りしていたようだ』とあります。

 

 マコトさんがミホさんと親しい関係であることは確かなようです。夫婦のドライブに同乗しているわけですから共通の友人かもしれません。

 

 で、ここから作品のオチに触れてしまうわけですが、マコトさんは自動車にぎゅうっと踏みつけられることになります。(『左腕と頭にタイヤが半分くらい乗り上げて、ちょうどマコトを押さえつける形で静止した』という文章のイメージが全く掴めないのですが……)

 

 なぜこんな目に?

 

 ミホさんは車の下敷きになっているかわいそうなマコトさんに『「変な音がしたのよねえ。車じゃなくって……貴方のスマホから。メールの着信音かしら? 聞き慣れない音がねえ」』と囁きかけます。

 

 ちょっと待ってください……メールってなんですか……?

 

 読者はこの囁きに置き去りです。

 だって、マコトさんはさっきまで仕事の疲れで寝てたんですよ?

 メールとか何だとか、そんな描写はないわけですよ?

 

 メールが鳴っただけでこんな仕打ち……

  音を立てるだけで……

   ホラー映画かよ……

 

 そんな混乱の中、『私』らしき人物の胸中が描かれます。『ミホは気付いていたのだ。メールの事も、浮気の事も……』と。

 

 だからメールってなんですか!?

 

 メールが何なのかわからないのですがここでは、浮気、ともあります。

 これらの材料から推論できることは、ミホさんは夫の浮気相手がマコトさんだと勘違いしてるんじゃないか、という可能性です。

 

 これはかなり斬新な発想です。

 ミホさんがどういった思考の結果、この結論に至ったのかはわかりませんが、そう考えると夫婦のドライブにマコトさんを誘った理由もわかります。

 

 更に言えば、マコトさんがぺしゃんこになっている間、『私』は全然動かないんですよね。これこそ恐怖じゃないですか? 人が下敷きになっている様子をただぼう然と見送っている、という非常時こそが。

 

第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】

1 題名 

ヤオのはじまり

2 作者 海見みみみさん
3 投稿 19/04/16
4 書出 『昔々。』

 

想い人のために費やした年月や辛い修行を想像するだに不在の家を前にした主人公の絶望が胸に迫ります。一方で、病弱な彼女が幸せな家庭を既に築いている場に遭遇してもなかなか辛いところで……主人公の歩んだ道の険しさを感じさせる作品でした。

 

あらすじ

 主人公・ヤオは、病弱な想い人のために仙人に弟子入りして不老不死の妙薬の調合方法を聞きだした。完成した薬剤を持って彼女の家を訪ねるが3年前に死んでいた。今度は自力で、蘇りの薬の調合を研究し始める。その過程で多種多様な薬が生まれたので、中国語では薬を「ヤオ」と発音するのかもしれないね、という話。

 

感  想

 

 「アル」ってすごいアルヨ。

 

 語尾に「アル」。

 これがキャラクターに与える印象や会話の効果、由来や語源など……「アル」を取り巻く表現が、割と真面目に議論されていることを本作をきっかけに知ることができました。本まで出版されているんですよ。すごいですね。

 

 さて、本作って実は『浦島太郎』的な話じゃないのかしら、と思ったりもしました。

 

 ヤオは『若者』と表現されていますが、『仙人の元で修行したのは大変長い期間でした』とも書かれているんですね。

 この『大変長い期間』というのは語り部の主観なので正直なところはわかりませんが、ヤオの行動を考えると時間の捉え方が常人とは違うんじゃないかと。

 

 例えば、不老不死の薬の調合シーンですが、ヤオは想い人の命がかかっているとは思えないほどの適当さで2か月弱の期間を費やします。しかも、温度やコンマいくつの重量といった精密な調整ではなく、『二度あることは三度ある。材料をテキトーにぶちこめばいい程、不老不死のクスリは簡単ではないようです』というように、材料を間違えるという初歩以下の段階です。これが免許皆伝レベルなわけですが、ヤオ自身が既に不老不死であれば何も問題はないわけです。作中でも描かれていますが、『不老不死なので、時間はいくらでもあります』

 

 つまり、ヤオは既に仙人に不老不死の薬を飲まされていたんだ!

 

 な、なんだってー(棒

 

 ということは、ヤオの修行期間は本当に長かったと思うんですよね。とはいえ、想い人・ピンの家が建て替えられていないので、数十年ってところでしょうか? とにかく、それだけの期間を経て、ピンの家を訪ねると彼女は既に亡くなっている。

 

 でも、病死したのかどうかわからないわけです。

 ピンが天寿を全うした可能性は大いにあるわけです。

 ピンはヤオが戻ってくることを信じていたでしょう。

 いつか二人は結ばれるものと。

 不老不死の薬よりも、今は二人で過ごす時間がほしい、と。

 

 でも想いは届きませんでした。

 

 ……彼女は生涯、独身を貫いたでしょうか……? ヤオが薬の語源なら、ピンは独身の語源ですね……ポルトガル語か……(違う

 

 そして戻ってきたヤオは数十年経っている意識もないまま、ピンが死んだことに絶望する。だいぶ、常識を失ってしまっているようです。痛ましい。

 

 そして、『「……もうここまで来たら、破れかぶれアル。こうなったら今度は自分で、ピンを蘇らせるクスリのレシピを見つけてみせるヨ!」』となります。

 どんな状況でもクスリの力で一発解決。クスリの力を信じてる!

 クスリだ……

  とびきり強烈な一発があれば……

   クスリをくれえ……

 

 薬物依存みたいになってしまいました……

第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】

1 題名 

私をおいしく食べる方法

2 作者 W・アーム・スープレックスさん
3 投稿 19/04/16
4 書出 『五人は眼前にそびえたつ大江山をみあげた。』

 

無理難題を提示して逃げる隙をうかがうのかと思いきや『神通力でみつけだせる』というのは恐怖ですね。素材が揃わないとわかった鬼がどう行動するのか気になる終幕でした。

 

あらすじ

 主君の命令で鮎の粕漬を仕入れに来た主人公は、途上の山中で鬼に襲われる。同行者全員が丸呑みされ、主人公も鬼の住処に連れ去られる。主人公は鬼に、自分を「おいしく」食べるには100種類に及ぶ食材と器具が必要であると吹き込むことで、鬼がそれらを探す期間に限定して解放される。

 

感  想

 

 神通力、とは……

 

 異形の存在に食べられそうになるものの、機転をきかして九死に一生を得る――

 『ヘンゼルとグレーテル』でも『三びきのやぎのがらがらどん』でも活かされたこの展開は、まさに王道と言って良いでしょう。

 

 本作では山中で鬼に遭遇し、仲間4人が丸呑みにされるところに主人公は遭遇します。結構なトラウマ体験です。

 

 その後、鬼は『「さすがに腹がふくれた。おまえは後で食べることにする」』と告げて、主人公を巣に連れ帰ります。この際、主人公を殺したり、足を折ったり、喉をつぶして運搬するようなことはありません。鮮度を重視したのかもしれません。

 

 主人公はそんな鬼の気を引くために、非常に手間のかかる調理法を提案します。

 ここで不思議なのが、『「私をおいしく食べる方法を教えてあげましょうか」』という主人公の提案を、鬼が何の疑問もなく受け入れている点です。普通は「何でそんな提案をわざわざするんだ?」という疑問がわくようなものですが、鬼にはそれがありません。個人的にはこの不自然さが気持ち悪く感じられます。

 

 例えば、鬼が食道楽であることを暗示するような描写があったり、「実はわたしには毒があるんです」とか「わたしも名のある料理人です。どうせ食べられるなら美味くなくては納得できません」というようなセリフでもあれば、多少は緩和される気もするのですが、そういったところはお構いなしで、話を進めることが第一優先のように思えました。作者様はこの点をどう考えていらっしゃるのでしょう?

 

人間必死になったらこのぐらいのことは考えつくものかと思いながら書きましたが、鬼がグルメであってくれたことがもっけの幸いでした。

 

 作者様のコメントによると鬼がグルメかどうかは賭けだったようです。

 つまり、主人公が提案したところで「ほう……そうか。例えば、指先から食べたほうが良いのかな? ……ふうむ……確かに、小指の歯ごたえが小気味良いな。どうした? わあわあ騒いで小便なぞすると、喉仏が喰いとうなるわい。ひっひ……」というような展開もあり得たわけです。恐い。

 

 そうなると、イチかバチかの大勝負に出るにしては、主人公の緊張感が漂わない文章がやや残念でなりません。

 

 結末に対しては感想欄でコメントしたとおりで、鬼が図鑑をコンプリートするがごとく、意地でも「100種類集めてみせるゼ! ゲットだぜ!」という根拠も保証は何もないわけで、いつ戻ってくるかもわからないなかで『忠吾は、おちついた足取りで大江山をくだりはじめた』という文章に主人公の大物感が漂います。

 

 というか、「任意の対象者の居場所を特定する」神通力を持っているのであれば、もっとやりようがある気がするんですよね。

 

 さらに言えば、鬼は探索の道中で必ず人間を食べちゃうと思うんですよね。お腹がすいて。だとすると、大江山だけで収まっていた食人被害を全世界に解き放ってしまった主人公の負う責任は重いものがあるなあ、と感じずにはいられず、元を正せば主君のせいだなあ、とも思えて、登場人物が総じて魅力的ではない点も本作の特徴に思えました。

 

 最後に、時代物のような風情でありながら『SP的存在』、『ボディガード』、『北海道産』といった用語が唐突に出現し、作品が掴みづらく感じられました。

第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】

1 題名 

実践! 料理部

2 作者 犬飼根古太さん
3 投稿 19/04/16
4 書出 『「実践」を掲げる料理部であること。』

 

12人前の料理を用意するには確かに費用が嵩むことでしょう。漠々たる活動方針ながらも謎解きのような議論に熱中できる料理部員達の意欲的な態度が清々しく感じられました。

 

あらすじ

「実践」を重んじる部活動として廃部寸前から復活した料理部。今日もまた「実践」的料理に挑む部員達。レシピ通りには揃わない食材……その実態は、ただ資金のない部活であった。

 

感  想

 

 彼ら彼女らは何を目指しているんでしょう?

 

 一世を風靡した「部活もの」。

 電波新聞部や木工ボンド部、隣人部……創作上の様々な部活はわたしたちをワクワクさせてくれたものです(ぇ

 

 さて本作で登場する『料理部』。

 メジャーな部活なんでしょうか?

 個人的には家庭科部の方が身近なんですが、料理に特化した部活動も多いんでしょうね。作中でも、『レシピと材料を確認した段階だけで、ここまで議論が白熱する料理部が他にあるだろうか。もしかしたらあるかもしれないが、あまり一般的ではないだろう』とあるので、少なくとも一般的か特殊かを測れる程度には存在するのでしょう。

 

 本作は終始一貫して、主人公視点で部活動が解説されます。

 新入生向けに部活のイメージビデオとか作るとこういう感じになるのかもしれません。編集ソフトの特殊効果機能なんかを駆使して、『「――さすが実践的な料理部!」』とか強調するのかもしれません。

 

 ただ、それで? の先が見えてきません。

 本作の面白さは、資金面でかつかつな部活動運営を「実践的」の旗印を掲げて誤魔化していることに新入生達が気づかないまま感動している、という部分なのかもしれませんが、何というか……その行動自体が演技がかっているように思えてなりません。新入生達は、どうして真剣に議論して、なおかつ感動すらしているのでしょうか?

 

 グルメ作品には、ゲストからの無理難題のオーダーに対して、料理人が経験と知恵と工夫で応えてみせる、という展開が往々にして見られます。王道、といっても過言ではないでしょう。

 

 本作も新入生達は「レシピどおりに作った料理の味を、レシピとは違う(又は少ない)材料を使って再現してみせるように」というオーダーを受けます。たまごアレルギーの人にたまごを使わないでオムレツの味を提供する、とか、ヴィーガンの人に肉の味を提供する、というような背景があるわけでもなく、ただ、そういうオーダーを受けます。

 

 そして真剣に悩みます。

『「部長……レシピには、ジャガイモやニンジンなどが記載されてるんですが……」
 現在料理部にあるジャガイモとニンジンなどの材料は明らかに足りない。物によっては一人分程度しかない』

『「レシピには中辛って書いてあるのに……辛口と甘口しかないんですけど、しかも……」
 彼女が掲げているパッケージを見ると、どうやら甘口はほとんどなく、辛口が多いらしい』

 

 さて悩みぬいた結果。

 作中では辛口から、いかに刺激性を排除するか、に力点を置いて描写がされます。正直、中辛を再現する、とかは関係ない展開です。

 

 さらに、ジャガイモやニンジンって他の材料で再現できるのかしら? と思いながら読み進めていくと『具が少ないので、ナスも入れることにしたらしい』という……再現? という結論に達します。

 

 そして終幕では『「美味しいわ」』『「うん。サイコー!」』と言ってカレーをみんなで味わってめでたしめでたしです。

 

 ……味の再現じゃなくて、とにかく一品作って提供する、という展開で良いのであれば、食材がほとんどない状況で、海老の頭と玉ねぎでかき揚げを作るくらいの構成が個人的には希望です。

第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】

1 題名 

Recipe

2 作者 R・ヒラサワさん
3 投稿 19/04/15
4 書出 『「新しい彼女が出来たんだ。だから、これで君を含めて五人って事になるね」』

 

彼に好かれる自分でありたいと願う主人公の一途さが際立った作品だと感じました。我流で周囲を唸らせる主人公の料理の腕前のほどが気になる作品ですね。

 

あらすじ

 料理上手のヒロインが、イケメンな男友達にとってのナンバーワンになろうと張り切ったら空回りしたので、張り切るのをやめたらオンリーワンになった。

 

感  想

 

 ただしイケメンに限る

 

『タクミは、いま流行りのイケメンだ』という一文に全てが凝縮されているかのようですよ。いま・流行りの・イケメン☆

 

 何者なんだ?

 

 本作ではギャップ萌えに傾倒するイケメン・タクミ氏と、そんな彼の気を引きたい主人公・コトネ嬢の恋の駆け引きが繰り広げられます。

 

 特徴的なのは、タクミ氏に『実際には友達の範囲の付き合い』ながらも『彼女』と呼称する女性が5人いることです。しかも、『しばらくその状態を続けて、やがてその中から真剣に付き合う相手を決める』と公言しています。童話シンデレラの王子様もびっくりの上から目線です。イケメンってすごい。

 

 しかもその女性達は一芸に秀でていなければならい……で、それぞれがお友達になった理由は以下のとおりです。

 

 ①モデル(容姿のいい人)

 ②有名な国立大学生(頭のいい人)

 ③声優(声のいい人)

 ④ヒロイン・コトネ(料理の腕がいい人)

 ⑤(運動神経がいい人)

 

 まるでコレクターです。なるほどタクミ氏は他者の優秀さを尊敬できる人なんだな、と思いきや、違うんですね。『何かの分野で人よりも優れているが、他の分野では逆に人よりも苦手な事が多い。要はそんな大きなギャップの持ち主に心惹かれるのだそうだ』とお友達条件は続くわけです。

 

 ここで重要なことは、ギャップが大きければいい、という点です。

 

 つまり②の彼女を例にすると、頭がいいけど、不衛生のために肌がただれて、不摂生で声が嗄れて、作る料理は生ゴミ以下の味で、箸を持ち上げることすら億劫な怠惰で天邪鬼……という、最早、人間としてどうなんだ? というレベルになるほどにタクミ氏はキュンッとしちゃうんですね。わずかなプラスに対して莫大なマイナスが、彼をときめかせてしまうわけです。

 

 ところがヒロインは偉いんです。マイナスではなく、プラスを伸ばそうとするんですね!

 

 ヒロインは『世間で言う『我流』だったが、周囲の評判はとても良かった』という料理の腕前。味覚が非常に発達しているのかもしれません。要は調理法を知らないで、食べたもの(あるいは食べたことすらないもの)の味を再現できたり、奇抜なもの……例えば、黒蜜きな粉くずもちを刻んでハンバーグに入れちゃう、みたいな料理をしても美味しく仕上げることができる、ということなのでしょう(ぇ

 

 ところがヒロインはそんな我流をやめて、レシピで勉強し始めます。他の女友達に先んじるためです。涙ぐましい努力ですね。ただ、この努力で疑問なのが、本人が味見してなくないか? という描写です。以下に調理風景を書き出してみましょう。

 

『コトネは数冊のレシピ本を購入して、更に料理の腕を磨く事にした。本の選択はネットの情報を参考にした』

『レシピ通りの材料と時間、調味料だって分量通りだ』

『この本はネットでの評価が一番高い方だったし、いいコメントも多数寄せられていた。本の選択に間違いは無かった筈だ』

 

 高評価の本の中の、高評価な料理を振舞ってみたんだから絶対おいしいでしょ、ということらしいんですが、コトネ嬢の感想はないんですよね。あえて言えば『コトネはこのレシピ本で作った中の、自信作ばかりを振る舞っていた』という部分があるので、彼女自身は「美味しい!」と思った料理だったとは思うんですが……

 

 で、結果としてそれらの料理はタクミ氏の好みに合わなかったようです。『「最近の君の料理は……。なんだろう、ちょっと味が落ちた様な気がするよ」』と、振る舞われた料理に正直すぎる感想をこぼしています。

 

 ここでコトネ嬢は深く思い悩みます。

 

 で、諦めます。

 

 タクミ氏を?

 

 いいえ。『我流』脱却を、です。

 

 そしてこの判断により、二人は結ばれ……たのかどうかわかりませんが『生活を共にして』います。なぜか? これこそが本作で最も不思議な箇所です。

 

『タクミいわく、他の彼女達は自己を高めようと、無理をするあまり自分を見失い、その中で我を貫くコトネに強く惹かれたそうだ』

 

 貫い……え……貫いてます? 思考放棄じゃなくて?

 

 ここまでくると、むしろタクミ氏が袖にされたんじゃないかと思えてきますよね。他の彼女さん達は自己の技芸を磨いたわけですから、例えば専属モデルになったり、声優として夢に近づいたり、社会人リーグで活躍したりね……正直、タクミ氏とかどうでもよくなった感はありますよね。まあ、タクミ氏としては「彼女達は自分を見失ったんだよ……」と言っておいたほうがダメージが少ないんでしょう。

 

 細かい点ですけど、②の彼女は『有名な国立大学を出た頭のいい人』とある一方で、『国立大学に通う彼女』ともあって、卒業したのかしてないのかちょっとよくわからないです。卒業後に入り直したってことなのかしら……

 

 そんな腑に落ちなさがちらほらな本作でした。