第171回 時空モノガタリ文学賞 【 音 】
1 題名
Melody Drug
2 作者 浅月庵さん
3 投稿 19/07/22
4 書出 『「お前も音楽作る人間なんだからさ、一度くらい行ってみても良いんじゃないか?」』
完全オーダーメイドの自分のためだけの音楽、というものは本当に魅力的ですね。さらにそれが更新されていくものだとしたら……主人公のなかで芽生えた気持ちこそがあるいは新しいドラッグの制作に繋がっていくのかもしれないと思えました。
作曲家である主人公が友人に誘われてクラブへ行く。美人に誘われる。美人は『聞くだけで人の気分を快楽の絶頂まで押し上げる』と評される『【Melody Drug】』なる音楽に酔いしれている。音楽に夢中で自分を見てくれない美人に主人公は愛想を尽かすものの、『大勢の人間に楽しんでもらえる音楽よりも、たった一人の心を掴んで離さない音楽の方が、高尚に思えて仕方なかった』とたそがれる。
誰がために、の毒薬。
創作が不特定多数の誰かのために行われるのか、あるいは明確な一個人のために行われるのか……
世界史なのか政経なのか知りませんが、ジェレミ・ベンサムの『最大多数の最大幸福』的な思考問題を創作に当てはめた時に、どのように作り手は考えるのか。いわゆるセカイ系でもちょくちょく扱われるこの問題に創作者はどのように向き合うのか。これは読者が見てみたい、ある意味での「対決」の瞬間です。それほど古くから議論されてきたテーマのひとつといえるでしょう。
ただ、今作はそういった苦悩がほぼ感じられません。
失礼を承知で申し上げましょう。
薄っぺらくないですか。
主人公の思考の何もかもが稚拙というか。
これで『四十近いおっさん』で『腐っても作曲家』なんでしょうか?
友人にクラブに誘われる。
美人にかどわかされる。
しかもその美人は自分の生業である音楽を薬物のように楽しんでいる。
そんな美人と快楽に溺れる。
作曲ができなくなる。
美人は自分がいてもいなくても変わらないと察する。
自分はオンリーワンじゃないんだな、と落ち込む。
「世間ウケする作曲を頑張りなよ」と美人に見送られる。
でも世間ウケより、誰か一人のための音楽のほうが高尚じゃないか? という考えが頭から離れない。
高校生が年上のお姉さんの色香に惑わされたならともかく、これが職業人の思考かと思うと何だかもう……
ストーリー自体はそんなわけで、個人的には受け入れがたかったです。
表現としては『その刹那、何者かに声をかけられたのだ』、『俺は胸がざわついた』、『都市伝説だと思っていた』などは前後の文脈が破綻しているような気がします。別作品で使いやすく感じた表現を持ってきてコピペした感じでしょうか。
最後も少し疑問です。
『 別れ際にレイカが言った。
「あなたは大衆を喜ばせる音楽を、これからも作り続けてね。私にはこれがあれば充分だから」
俺はこの先ずっと、彼女のことを忘れられないだろう。大勢の人間に楽しんでもらえる音楽よりも、たった一人の心を掴んで離さない音楽の方が、高尚に思えて仕方なかったからだ。
ーー俺にとっての“薬”はきみだったんだ。
そんな馬鹿げた言葉を飲み込んで、俺は生きていかなければならない。』
俺にとっての薬はきみだった……
どういう意味ですか?
ここで、薬、というと作品の主軸になる『【Melody Drug】』のことなんでしょうけれど、主人公にとっての薬とは? これって、美人が言った『私にはこれがあれば充分だから』に対応しているんでしょうか。主人公にとっては、美人があれば十分だった、ていうことですかね。
でも正直、二人の関係性ってただれた肉体関係だけであって、何も結びつきを感じられないんですけど、主人公は何をこんなに感傷的に語っているんでしょうか。
そんな風に考えると、下半身の話をエピローグに持ってくる辺りが予想外な作品ではありました。
(蛇足)
個人的には今作の内容を3行くらいにまとめて別作品にできるんじゃないかと思いました。
例えば、今作の主人公がMDの製作者という設定とか。
主人公は都市伝説MDのなかでも伝説的な「完璧なオーダーメイドをこなす職人」。どこの誰にでも浮世を忘れさせる楽曲を提供してみせるという自負もある。
そんなある日、一人の男子高校生に襲われる。
事情を聞くと、男子高校生の同級生女子がMDの中毒になっているという。諸悪の根源である主人公に憎悪を募らせる男子高校生。だが主人公は「俺の音楽程度のハマるやつがどうかしてんだよ」とあざ笑う。
数日後に路上で歌う高校生男子を見かける主人公。
どの通行人も振り返らないその姿に、かつての自分の姿を重ねて苛立つものの、高校生男子の周囲には日に日に足を止める人数が増えていく。
すっかり知名度の上がった高校生男子の路上ライブで、主人公はかつて彼が言っていた同級生女子の姿を見つける。MDのヘッドホン姿の彼女を見た途端、かつて自分が出会ったある女性の姿が脳裏を過ぎる。
ライブ中、ずっとヘッドホンを外さない同級生女子。最後の曲のサビ直前、男子高校生が叫ぶ。「俺は、ここにいる誰かのために歌ってんじゃない! お前のために歌ってんだ!」。同級生女子がゆっくりとヘッドホンを外す。
主人公は自分が到達することができなかった光景を前にして涙する。
そんなお話はいかがでしょうか?