時空モノガタリ-感想録

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いまのひとこと 読まねば

第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】

1 題名 

Recipe

2 作者 R・ヒラサワさん
3 投稿 19/04/15
4 書出 『「新しい彼女が出来たんだ。だから、これで君を含めて五人って事になるね」』

 

彼に好かれる自分でありたいと願う主人公の一途さが際立った作品だと感じました。我流で周囲を唸らせる主人公の料理の腕前のほどが気になる作品ですね。

 

あらすじ

 料理上手のヒロインが、イケメンな男友達にとってのナンバーワンになろうと張り切ったら空回りしたので、張り切るのをやめたらオンリーワンになった。

 

感  想

 

 ただしイケメンに限る

 

『タクミは、いま流行りのイケメンだ』という一文に全てが凝縮されているかのようですよ。いま・流行りの・イケメン☆

 

 何者なんだ?

 

 本作ではギャップ萌えに傾倒するイケメン・タクミ氏と、そんな彼の気を引きたい主人公・コトネ嬢の恋の駆け引きが繰り広げられます。

 

 特徴的なのは、タクミ氏に『実際には友達の範囲の付き合い』ながらも『彼女』と呼称する女性が5人いることです。しかも、『しばらくその状態を続けて、やがてその中から真剣に付き合う相手を決める』と公言しています。童話シンデレラの王子様もびっくりの上から目線です。イケメンってすごい。

 

 しかもその女性達は一芸に秀でていなければならい……で、それぞれがお友達になった理由は以下のとおりです。

 

 ①モデル(容姿のいい人)

 ②有名な国立大学生(頭のいい人)

 ③声優(声のいい人)

 ④ヒロイン・コトネ(料理の腕がいい人)

 ⑤(運動神経がいい人)

 

 まるでコレクターです。なるほどタクミ氏は他者の優秀さを尊敬できる人なんだな、と思いきや、違うんですね。『何かの分野で人よりも優れているが、他の分野では逆に人よりも苦手な事が多い。要はそんな大きなギャップの持ち主に心惹かれるのだそうだ』とお友達条件は続くわけです。

 

 ここで重要なことは、ギャップが大きければいい、という点です。

 

 つまり②の彼女を例にすると、頭がいいけど、不衛生のために肌がただれて、不摂生で声が嗄れて、作る料理は生ゴミ以下の味で、箸を持ち上げることすら億劫な怠惰で天邪鬼……という、最早、人間としてどうなんだ? というレベルになるほどにタクミ氏はキュンッとしちゃうんですね。わずかなプラスに対して莫大なマイナスが、彼をときめかせてしまうわけです。

 

 ところがヒロインは偉いんです。マイナスではなく、プラスを伸ばそうとするんですね!

 

 ヒロインは『世間で言う『我流』だったが、周囲の評判はとても良かった』という料理の腕前。味覚が非常に発達しているのかもしれません。要は調理法を知らないで、食べたもの(あるいは食べたことすらないもの)の味を再現できたり、奇抜なもの……例えば、黒蜜きな粉くずもちを刻んでハンバーグに入れちゃう、みたいな料理をしても美味しく仕上げることができる、ということなのでしょう(ぇ

 

 ところがヒロインはそんな我流をやめて、レシピで勉強し始めます。他の女友達に先んじるためです。涙ぐましい努力ですね。ただ、この努力で疑問なのが、本人が味見してなくないか? という描写です。以下に調理風景を書き出してみましょう。

 

『コトネは数冊のレシピ本を購入して、更に料理の腕を磨く事にした。本の選択はネットの情報を参考にした』

『レシピ通りの材料と時間、調味料だって分量通りだ』

『この本はネットでの評価が一番高い方だったし、いいコメントも多数寄せられていた。本の選択に間違いは無かった筈だ』

 

 高評価の本の中の、高評価な料理を振舞ってみたんだから絶対おいしいでしょ、ということらしいんですが、コトネ嬢の感想はないんですよね。あえて言えば『コトネはこのレシピ本で作った中の、自信作ばかりを振る舞っていた』という部分があるので、彼女自身は「美味しい!」と思った料理だったとは思うんですが……

 

 で、結果としてそれらの料理はタクミ氏の好みに合わなかったようです。『「最近の君の料理は……。なんだろう、ちょっと味が落ちた様な気がするよ」』と、振る舞われた料理に正直すぎる感想をこぼしています。

 

 ここでコトネ嬢は深く思い悩みます。

 

 で、諦めます。

 

 タクミ氏を?

 

 いいえ。『我流』脱却を、です。

 

 そしてこの判断により、二人は結ばれ……たのかどうかわかりませんが『生活を共にして』います。なぜか? これこそが本作で最も不思議な箇所です。

 

『タクミいわく、他の彼女達は自己を高めようと、無理をするあまり自分を見失い、その中で我を貫くコトネに強く惹かれたそうだ』

 

 貫い……え……貫いてます? 思考放棄じゃなくて?

 

 ここまでくると、むしろタクミ氏が袖にされたんじゃないかと思えてきますよね。他の彼女さん達は自己の技芸を磨いたわけですから、例えば専属モデルになったり、声優として夢に近づいたり、社会人リーグで活躍したりね……正直、タクミ氏とかどうでもよくなった感はありますよね。まあ、タクミ氏としては「彼女達は自分を見失ったんだよ……」と言っておいたほうがダメージが少ないんでしょう。

 

 細かい点ですけど、②の彼女は『有名な国立大学を出た頭のいい人』とある一方で、『国立大学に通う彼女』ともあって、卒業したのかしてないのかちょっとよくわからないです。卒業後に入り直したってことなのかしら……

 

 そんな腑に落ちなさがちらほらな本作でした。