第171回 時空モノガタリ文学賞 【 音 】
1 題名
異音
2 作者 R・ヒラサワさん
3 投稿 19/07/22
4 書出 『「なんだか変だわ」』
無計画を装った計画的な行動……助けを求める相手に応えるでもなくひとりごちるミホさんの恐ろしさが際立っていました。
結婚5年目。ドライブ中に『「なんだか変だわ」』、『「やっぱり音が変だわ」』と訴える気分屋の妻につられて車体の下を覗き込んだら、車が動き出して頭に乗っかっちゃった、というお話。ちなみに語り部は『偶然知り合った若い女性』と『上手くやっている』。
なんだか変だわ。
登場人物のセリフの引用じゃありません。わたしの感想です。
何が変なんでしょう?
読後に抱いた感想の理由を探してみたものの、はっきりとしたことはわかりません。
少なくとも人称というか、視点が不思議ですよね。
初めに読んだ時は『マコト』さんが寝入っている時だけ一人称になって、覚醒時は三人称になっているのかしら、と思ったのですけど、そういった表現をする理由がわからないんですよね。どういった効果があるんでしょうか? 書き手の皆様は意味のない表現をしないはずです。つまりこれには何らかの意味がある、と考えるのが普通でしょう。
つまり『オフロードタイプの軽自動車』には3人乗ってるんじゃないか、と。
となると、『ミホ』さんと『マコト』さんと『私』の3人が作中では登場していることになります。(この時点で、前述のあらすじは全く見当ハズレということになりますが……)
3人の関係性は明示されていませんが、私とミホさんが夫婦であるのは間違いなさそうです。
ではマコトさんとは誰なのか?
マコトさんの登場シーンは冒頭とクライマックスです。
冒頭では『マコトは声をかけたが、あまり心配していなかった』とあり、クライマックスでは『仕事疲れか、マコトはしばらく居眠りしていたようだ』とあります。
マコトさんがミホさんと親しい関係であることは確かなようです。夫婦のドライブに同乗しているわけですから共通の友人かもしれません。
で、ここから作品のオチに触れてしまうわけですが、マコトさんは自動車にぎゅうっと踏みつけられることになります。(『左腕と頭にタイヤが半分くらい乗り上げて、ちょうどマコトを押さえつける形で静止した』という文章のイメージが全く掴めないのですが……)
なぜこんな目に?
ミホさんは車の下敷きになっているかわいそうなマコトさんに『「変な音がしたのよねえ。車じゃなくって……貴方のスマホから。メールの着信音かしら? 聞き慣れない音がねえ」』と囁きかけます。
ちょっと待ってください……メールってなんですか……?
読者はこの囁きに置き去りです。
だって、マコトさんはさっきまで仕事の疲れで寝てたんですよ?
メールとか何だとか、そんな描写はないわけですよ?
メールが鳴っただけでこんな仕打ち……
音を立てるだけで……
ホラー映画かよ……
そんな混乱の中、『私』らしき人物の胸中が描かれます。『ミホは気付いていたのだ。メールの事も、浮気の事も……』と。
だからメールってなんですか!?
メールが何なのかわからないのですがここでは、浮気、ともあります。
これらの材料から推論できることは、ミホさんは夫の浮気相手がマコトさんだと勘違いしてるんじゃないか、という可能性です。
これはかなり斬新な発想です。
ミホさんがどういった思考の結果、この結論に至ったのかはわかりませんが、そう考えると夫婦のドライブにマコトさんを誘った理由もわかります。
更に言えば、マコトさんがぺしゃんこになっている間、『私』は全然動かないんですよね。これこそ恐怖じゃないですか? 人が下敷きになっている様子をただぼう然と見送っている、という非常時こそが。