時空モノガタリ-感想録

2000字小説投稿コンテストサイトの「時空モノガタリ」でコメントした内容を記録しています。

いまのひとこと 読まねば

第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】

1 題名 

万年筆は語る

2 作者 霜月秋旻さん
3 投稿 19/02/18
4 書出 『書きたいものが無い。』

 

手にするだけで湯水のごとく湧き上がる傑作の数々……魅惑的な万年筆の存在に物語に引き込まれました。『まるで自分の作品とは思えない』主人公にとって本当に『書きたいもの』が何であったのかがわかるラストも興味深かったです。

 

◎あらすじ

  スランプに陥っていた人気小説家(主人公)が、差出人不明の小包で送られてきた万年筆を手に無意識的に傑作を書き上げる。しばらくしたある日、女性を殺害した旨の『告発文』を万年筆に操られるようにして記し、喉に突き刺して自死する。『告発文』どおりに遺体が発見される。

 

◎感想

『万年筆を握って原稿用紙に試し書きをしてみた。インクフローがよく、ぬらぬらとした書き味。試し書きのつもりが、書くのが楽しくて、気がついたら即席で短編を一本書いてしまっていた。四百字詰め原稿用紙五十枚ほどの物語だ。書き終えた後で読み返してみると、自分が書いたものとは思えないほど面白い文章』という辺りの展開は個人的に非常に好みでした。表現も好きです。ぬらぬら。

 

 不思議なアイテムを手に入れてある種の成功を手に入れるものの、結果的には身の破滅を招く……『笑ゥせぇるすまん』(藤子不二雄A,中央公論社,1989.)的な作品かとも思いましたが、ややホラータッチな本作。ただ、筋立てがシンプルなだけに、設定が気になるのも事実です。


 本作に登場する『小説家・掛川垣介』の経歴を見てみましょう。作中から読み取れる彼の作家としての歩みは以下のとおりです。

 

9年前:小説家デビュー。以後、著作多数。
4年前:金銭トラブルからゴーストライターを殺害。以後、作品発表なし
ある日:万年筆を手に入れ短編執筆。以後、著作多数
現時点:『告発文』を執筆して死亡


 ここで気になるのが「どうして殺害の4年後に万年筆が届いたのか?」です。

 

 もちろん「ホラーなんだし、『四』『九』を多用して不吉感を演出してるんでしょ! 察しなさいよバカッ!」と可愛らしく罵倒されたら、そうなのねえ、と納得してしまいそうなんですが、やはり腑に落ちません。

 作品のラストで掛川垣介宛に何かを送ったと思われる伝票の控えが見つかった。消印は四月五日だった』とあるので、直接投函されたわけではない。業者を挟んでいるのは間違いありません。

 

 となると選択肢は以下の2点になるかと思われます。

 

① 4年前に発送され、配送業者が保管し、予め指定された『ある日』に配達された。(『タイムカプセル郵便』のようなもの?)

 

『ある日』の直近に発送され、配達された。


 ①の場合、被害者の山岸氏はどうしてその日を指定して発送したのか、という疑問が残ります。

 ②の場合は、一体誰が万年筆を発送したのか、という謎が生まれます。(しかも②の場合、発送した第三者は家主が4年間も不在の家に忍び込んで伝票を置いてくるという、非常に犯罪臭のする行動をとっていることになります)


 そもそもこの万年筆は何なんでしょうか?

 

 いかにも山岸氏の怨念めいたものを感じる呪いのアイテムでありながら、氏とアイテムとの接点が見当たらない。『木軸のもので、だいぶ使い古されている【モミジ】という品名だ』という描写があるものの、曰くも、謂れも描かれていません。どうして主人公に送られたのかもわからない。あえて言えば、主人公が万年筆ユーザーであるということくらいでしょうか。


 さらに言うと『小説家・掛川垣介』とは何者なのでしょうか?

 

 初めは単純に本作の主人公であろうと思っていたのですが、『九年前、私はゴーストライターを使って、小説家デビューした』というところで疑問がわきました。

 

 そもそもデビュー前からゴーストライターに頼る、という構図がよくわかりません。「作家としてデビューしたい。でも面白い文章が書けない。そうだ金を出して書ける人間を雇おう」ということでしょうか? 金持ちの道楽というか……だったら報酬で揉めないですよね……

 

 あるいは、山岸氏が極度の引っ込み思案で、露出を嫌う性格であったことから、代わりに主人公が対外交渉をすることで『小説家・掛川垣介』という虚像を作り出していた、というのなら……わかります。でも冒頭で『何も浮かんでこなくなった』と言ってるんですよね……やっぱり、自分でも書いているんだよなあ……清書してもらってるってことかしら? 途中で書くのが面倒になって丸投げしてるとか、ですかね。

 

 色々、謎が残る作品でした。