第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】
1 題名
雑草の実がはぜるように、生きてみたい
2 作者 冬垣ひなたさん
3 投稿 19/02/18
4 書出 『午後の寒空には、粉雪がちらつき始める。』
家族にきちんと配慮する主人公の姿勢に好感が持てました。外の世界に希望を感じる勢いも相まって、カタバミの花言葉も活かされた作品だったと感じました。
◎あらすじ
本作は、6歳の娘を絵画教室に通わせたいが家計が不安なので専業主婦だった主人公が働きに出たいと夫に相談して、『君の好きにすればいい』と言われるお話です。
◎感想
作品としての軸がややブレているのではないかと感じました。
本作には二つの流れがあります。まず、①娘を絵画教室に通わせたいが家計に不安があるため夫婦共働きを目指す、というものと、②中学教師として主人公が職場復帰を目指す、というものです。
重要な点は、②が達成されれば①は解消しますが、①を解消するためには必ずしも②を達成する必要がない点です。
それを踏まえた上で本作の流れを以下に抜き出します。そうすると、3で目的が切り替わっているように感じられます。
1 『絵筆を握り、夢を描く優菜の輝いた笑顔を、芹香はもう一度見たい』
2 『「絵画教室に行かせるためにも、私が外で働こうかと思う」』
3 『「経済的な事だけじゃないの。あの時のわだかまりを捨てて、自分なりに前へ進みたい」』
4 『「絵画教室の先生は、とても楽しそうに教えていたわ。私、羨ましかった」』
5 『「夢を失くしたなんて人のせいにして。忘れ物を取りに戻らなくちゃ」』
『経済的なことだけじゃないの』と主人公は言っていますが、冒頭を読む限り、話はいたってシンプルで、金銭の話です。中盤に入って、『彼に言わずにいた心の鈍痛』であるとか、『何か欠けている。それは芹香自身にしか埋められない穴だった』といったことが描かれていますが、ここで重要なのは主人公の自己実現ではなく、娘を絵画教室にいかせることです。
もちろん、「自分に収入があれば家計に不安なんか抱えずに済んだんだ。どうして離職してしまったのだろう……」という後悔に対してであれば、主人公の苦悩もわかるのですが「教職として働いていない自分を思うと元気が出ない。世間に爪弾きにされている気すらする」という後悔がここで入り込んでくるのはいささか疑問です。超短編小説では話がややこしくなりませんか?
結局、主人公は『情熱に満ちていた頃の記憶が、芹香の中に蘇った』と書かれているので教職を志すのでしょうか。『念願の中学教師』とおっしゃっていますので中学を目指すのかもしれません……非常に厳しい道のりと言えるでしょう。
主人公は短大卒業で中学の教員免許を取得し、教鞭をとっていたとのことですので、おそらく高校の教員免許まではとっていない。少子化著しい昨今にあって、倍率4倍以上で有名な教職、という職種に、単独の免状で、しかも職務にブランクがあって、なおかつ社会経験も少ない主人公が果たして復帰することができるのか? 娘さんは絵画教室に通えるのか? マイホームの25年ローンは返済できるのか? 先行きが気になる作品でした。