時空モノガタリ-感想録

2000字小説投稿コンテストサイトの「時空モノガタリ」でコメントした内容を記録しています。

いまのひとこと 読まねば

第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】

1 題名 

私の可愛い弟くん

2 作者 浅月庵さん
3 投稿 19/02/09
4 書出 『弟の優弥が私の部屋を訪れて「○○デビュー」するって、ちょっと勿体ぶってから言ったのに、私は「○○」の部分が聞きとれなくて、この子って音楽の才能や文才なんてあったっけ?と困惑する。』

主人公の弟の優しさが終始伝わってくる作品でした。それを理解しながら、穿った見方をすることなく受け止めていた主人公の素直さも読後感を明るくしていたと思います。

 

本作は、大学での就職活動に失敗して3年間ニート生活を送っている主人公が、この春、高校入学する弟に「高校デビューを手伝って」と頼られて、もっとしっかりしないとなあ、と自覚するお話です。

 

まず、主人公(姉)と弟の関係がわたしの想像を遥かに超えているというか……

10歳の差があると、かえってこれくらい仲良くなれるものなんですかね……

(ちなみに主人公は25歳。弟が15歳です)

 

姉に「高校デビューする」宣言から始まり、『お姉ちゃんだってまだ若いでしょ』、『女子にモテるにはどうしたら良い?』、(美容室に)『お姉ちゃん、付いて来てよ』、『登校用の鞄や靴も一緒に選んでよ!』、『街中のレストランで休憩がてら夜ご飯をとる』などなど。

15歳という多感な時期にも関わらず、弟君から主人公へのストレートな相談は、相当な信頼関係がないと……いや、信頼関係とかじゃないですね……何て言えばいいんでしょう? むしろ、弟君がノリと勢いだけで生きているようなタイプで「yeah! ちょ、高校デビューすっから、プロデュースよろ」くらいのことを言ってくれば……いやああ……それでも、姉なら「……キモ」で終わる話な気がするんですよ。

これはもう個人的には「お兄ちゃん子の妹」や「弟を溺愛する姉」と同じでフィクションを感じる設定ですが、まあ、仲の良い姉弟ということで結構なことだとは思います。

 

ところが作品の後段になって、少し雲行きが怪しくなります(わたし個人に

 

上で、大まかなあらすじを書かせていただきましたが、主人公の背景が描かれるのがこの後段です。主人公は大学在学時に就職活動に失敗しています。就職活動は、『私は三社、入りたい会社をピックアップした。それ以外の選択肢は妥協としか思えなくて』と、かなりの意気込みで臨んでいます。(昨今の就職活動ではwebを利用して相当数のエントリーを行う傾向が見られます)

 

ですが、『面接で落とされ、存在否定された気になって、私は心が折れて』しまうという結果から、『部屋にこもりがちになり』、両親からは『ただそこにいるだけの終わった人間として腫れ物扱い』され、『就職先も探さずに部屋で毎日時間を食い潰すだけの虚し』い日々に突入します。

 

そんな主人公にとって弟君は『私がこんなになってからも変わらず接してくれた』、『私を家族として認めてくれ、繋ぎ止めてくれようとしてくれる』唯一無二の存在となります。そんな彼を見て、『私もなにかしなきゃって思わされたんだよ』と主人公は思いも新たに『コンビニバイトでもなんでも取り組むぜ!』と決意するわけです。

 

この、就職活動に失敗した、の件がどうもしっくりこないのです。

主人公には「妥協したくない!」と思えるほどの志望動機があった就職活動だったんでしょう。業界に3社しかない、とかでしょうか? どちらにしても、相当、狭き門であることを自覚して「働けるならどこ(別の業界)でも良い」ではなくて「絶対にここで働きたい! 自己実現したい!」という強い意志を持っていたはずです。

 

ところが、面接で落とされる。

まあ、問題は落とされ方(面接で人格を否定される系など)なのかもしれませんが、狭き門である以上、「就職浪人もやむを得まい」という選択肢はなかったのでしょうか? そうだとすれば、見込みが甘すぎませんか? 『働かざる者食うべからず』とか字面だけで理解した気になっていないでしょうか? この辺りのリアリティのなさというか、とってつけたような失敗談から這い上がる決意への流れが、どうも引っかかります。

 

妥協しない、とか、自分を変える、というテーマであれば、いっそ大学や大学院や仕事先で、成果に妥協しない故の対人関係の軋轢で疲弊したところを、弟に奮起させられる、という話のほうが……

 

……書いていて、またわたしは、わかりやすさを求めているなあ……と少し自己嫌悪です。

 

 

……ちなみに超蛇足ですが、大学生の就職活動を扱った作品で『シューカツ!』(石田衣良文藝春秋,2011.)や『何者』(朝井リョウ,新潮社,2012.)は当時の状況も相まって面白く読めた覚えがあります。