第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】
1 題名
夏よ終わらないで
2 作者 糸井翼さん
3 投稿 19/02/18
4 書出 『「ねー、七瀬はそれでいいの?」』
王道に感じられる高校生の青春で、各場面の切り替えが掴みやすい作品でした。現状維持を選択した主人公の判断が、『誰に対してもかっこいい山田くん』とのこれからの関係性のなかでどのように影響を及ぼしていくのか気になる結末でした。
◎あらすじ
本作は、『誰に対してもかっこいい山田くん』と幼馴染の関係にある主人公が、その特権を活かして放課後に買い食いしたり、一緒に花火を見に行ったりしつつ、この関係が『もう少し、終わらないで』と願うような作品です。
◎感想
季節外れの花火に挑む第4の刺客……!
※ちなみに以前の刺客は以下のお三方です。未読の方は是非お読みください。
第1の刺客:その花は、さっきより少し鮮やかに見えた(作者:陽川 文実さん)
第2の刺客:夏、弾ける(作者:文月めぐさん)
第3の刺客:手花火オフィス(作者:アシタバさん)
バッサバッサと読者を切り倒しにやってくる作品群にこちらも強い心を持って臨まなければなりませんね。
本作を読むにあたって、主人公と『誰に対してもかっこいい山田くん』との関係性が非常に重要なことは言うまでもないでしょう。より平たく表現すれば、主人公は山田くんと付き合いたいのか? という部分です。
主人公の山田くんへの評価は相当なものです。最早、ストップ高であるといっても過言ではないでしょう。以下に、主人公の視点で表現される「山田くん像」を挙げます。
○『この手の話題はあまり好きじゃない。山田くんにも失礼だから』
○『山田くんは幼なじみであり、私なんかにも優しくて、かっこいい憧れの人…なんかちょっと切ないな』
○『山田くんに「七」と言われると体温が上がる』
○『山田くんはクールだ』
○『その顔を見てるこの時間は私にも幸せ』
○『かっこいい顔に見とれながら』
○『優しくてかっこいい山田くん』
○『誰に対してもかっこいい山田くん』
○『山田くんは相変わらずクールで優しい』
○『やったー山田くんに誉められた』
○『山田くんはクールな顔のまま』
おわかりいただけたでしょうか?
ベタ褒めです。
これだけ「山田くんかっこいい! うっとり!」となれば、あわよくば彼に好かれたい、付き合いたい、という思考になるかと思いきや……ここが謎の部分なんですが、本作の描かれ方だとそれは主人公の本意ではないように感じるんですね。
主人公は『私は優しくてかっこいい山田くんのファンにすぎない』と断言しているんですよ。
これを例えば、自虐的に……というか卑屈になって、「私なんかじゃ彼と釣り合わない」と考えるに至る背景(主人公の言動や性格等)が描かれていれば、そうやって自分の本当の気持ちを押し殺しているんだなあ、誤魔化しているんだなあ、と思えます。それならわかります。
ただ、主人公と山田くんは成長して疎遠になる時期があったわけでもなく、高校になっても幼いままの精神性でもなく(高校生として会話しているし、相手を認識している)、普通に、対等なままで日々を過ごしている。(主人公の無理矢理なですます調が媚びているように思えるほどに)
こうなってくると、主人公は本当に『私は優しくてかっこいい山田くんのファン』のなかでも特別なファンである、という点に価値を見出しているような気がするんですよね。要は他のファンに対して、あなた達のような有象無象とは違うのよ? という優越感を抱くことに意味がある。
だから山田くんと付き合うわけでもない。
付き合ったら、ファンじゃなくなっちゃいますからね。
もちろん、他の誰かが山田くんと付き合うのも許さない。
だって、山田くんは『誰に対してもかっこいい山田くん』でいなければならないですからね。
ファンとして寄り添う、という題目のもとに過激派であることをも辞さない主人公の姿勢がぞくぞくっとくる怪作に仕上がっているように感じられてきました。