第165回 時空モノガタリ文学賞 【 弾ける 】
1 題名
放課後の音楽室
2 作者 うたかたさん
3 投稿 19/01/27
4 書出 『それは金曜日、校舎中にチャイムが鳴り響く。』
『それよりも大事な誘いがあったから当然断った』とはりきる主人公が、何を予感して音楽室に向かったのかが気になる作品でした。
本作は、放課後、幼馴染の女の子から音楽室に来るよう呼び出された主人公が、彼女が引越しすることを知って、ぼう然と立ち尽くす姿が描かれています。
もう少し……!
もう少し先の場面まで書くべきだったんじゃないでしょうか!?
自己中心的な思い込みであることを承知で申し上げますが、うたかたさんの作品としては、以前の2作品(【 504号室 】,【 着地】 )よりも格段に面白く感じました。
何といっても、この物語の次のシーンが物凄く気になります!
話の後半で『僕はその時さらに問い詰めていればこの後悔にはつながらなかったのだろうが、それが良い決断だったとも思わない。』という一文が登場します。何を問い詰めるべきだったのか? 当然、幼馴染の引越し先です。唐突ではありますが、この一文はおそらく本作に描かれた場面よりも未来の時点にいる主人公の言葉だと思われます。
では主人公はどうして、引越し先を知っておくべきだった、と後悔するのか?
まあ、再会が難しいから、と考えるのが普通でしょう。ただ、『問い詰め』ることが『良い決断だったとも思わない』とも言っているんですね。
ということは、引越先を聞きそびれたあの放課後に、「後悔せずにすんだこと」もあったのではないかと推測しました。
わたしは、それが「主人公が『自分はピアノを弾ける』と幼馴染に伝えたこと」なんじゃないかと思うんです!
本作の流れはこうです……
・放課後に音楽室へ駆けつける主人公は聴いたことのある曲を耳にする。
・音楽室では幼馴染がピアノを弾いている。
・しばらく無言でピアノの音に包まれる主人公と幼馴染。
・幼馴染は演奏を中断し、なんか言って、と主人公をうながす。
・主人公は曖昧に反応する。
・引っ越すのだと告げる幼馴染。
・動揺する主人公。回想。幼馴染のピアノに憧れて続けたピアノ練習の日々。
・それだけを伝えたかった、と立ち去る幼馴染。
・ピアノの上に、練習がんばってね、というメモを見つける主人公。
(終)
この次のシーンなんですよ!
コンテストテーマの【弾ける】を「(ピアノが)ひける」(弾くことができる)として使っているのですから、主人公はピアノを弾くはずなんです。もやもやした逡巡を振り切るみたいに。ふざけるな! という思いで。さっき中断した曲の続きを無我夢中で。
何が、練習がんばって、だ。練習なんかとっくにやってる。ずっとやってる。僕は弾けるんだ。お前の弾いていた曲だってもう弾けるんだ。憧れたあの日のピアノに追いついたんだ、という思いで。
夕日が沈んで。音楽室に夜が近づく段になって、ようやく曲が終わる。肩で息をする主人公。不意に教室の電灯が点く。顔を上げると、幼馴染が入り口に立っている。彼女は笑顔なのか、泣いているのか、少し呆れているのか……想像力の乏しいわたしにはわかりませんが、きっと、彼女は主人公に「ありがとう」と伝えたと思うんですよ……遠くへ行く自分には最高のはなむけだと。これからも必ずピアノを続けると。わたしのピアノに憧れてくれてありがとう、と。
主人公は結局、引越先を知らないまま幼馴染を見送るわけですが、きっと年月を経て、彼女の活躍を知る日が来るのでしょう。
それこそが、先ほどの『後悔』について語った未来なのだと思います。その時、あの放課後を思い出して、行き先を聞けなかった後悔と、自分の演奏を聴いてもらえた清々しさが共存するのではないかと……
そんなラストはいかがでしょうか?